1979年チャンピオン J.シェクター

World Champion Collectionフェラーリ1979

暗黒期への入り口

【ミニチャンプス フェラーリ312T4 J.シェクター 1979】

ロータスが導いたF1のウイングカー時代ですが、当のロータスが開発に失敗して戦線離脱した1979年シーズン。4チーム7人名の優勝者が出る大混戦となりますが、シェクター・ヴィルヌーブのチームメイト関係が良好だったフェラーリがタイトルを獲得します。

全15戦のうち、前後半各4戦ずつの有効ポイント制で争われた1979年シーズン。前年王者ロータスが首位争いから消えたレースで、序盤は新鋭リジェが3勝を挙げて台頭。更にヴィルヌーブが2勝を挙げてティフォシを魅了すると、中盤にはルノーがターボエンジン車初の優勝を達成するなど、混迷のシーズンとなりました。

更に後半はオリジナルマシンを投入して2年目のウイリアムズが4連勝の大活躍。シーズンの行方は転々としますが、チームメイト同士の関係が良好だったフェラーリがシェクターにポイントを集中することに成功したことでドライバーズタイトルを獲得。ヴィルヌーブも2位に入り、1-2でコンストラクターズとのダブルタイトルとなりました。

既に2度のタイトルを獲得した名車312Tシリーズを改良し、無理やりグラウンド・エフェクトカーに進化させた312T4。独特のフロントノーズやモナコGPなど市街地戦でリアタイア前に取り付けられたリアウイングなど、奇抜なデザインで醜いアヒルとの蔑称が残るマシンです。最速のマシンではなかったものの、両ドライバーともわずか2回のリタイアで終える信頼性の高さがあって両タイトルを獲得できました。

1972年にマクラーレンからスポット参戦し、ティレルとウルフでの活躍でフェラーリのシートを獲得したシェクター。チームメイトの新鋭ヴィルヌーブにはレースペースで劣ることがあったものの、シーズンを通して安定してポイントを獲得する老練なマネジメントでタイトルを獲得しました。

翌1980年にはフェラーリの大不振の被害にあって引退を決意。自身のタイトルに貢献したヴィルヌーブとは良好な関係が続き、彼の事故死に直面してからは遺族に遺産が適切に配分されるよう尽力するなど、息子ジャックのキャリアを救った人物と言えます。

マシンの改良が奇跡的にうまくいきダブルタイトルを獲得したフェラーリですが、翌1980年に過去最低成績を残すと長い暗黒期に突入。シューマッハが2000年にタイトルを獲得するまで、長らくこの年がフェラーリ最後の栄光となります。

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