マクラーレン M7A B.マクラーレン ベルギーGP

マクラーレン1968

マクラーレンチーム、最初の優勝

【スパーク マクラーレンM7A B.マクラーレン ベルギーGP 1968】

先日行われた2025年ハンガリーGPにてマクラーレンは通算200勝を達成しました。その歴史の第一歩を踏み出したこのマシン、オーナードライバー自身による見事な初優勝でした。

チーム・マクラーレンの創始者ブルース・マクラーレンは1959年にクーパーからF1デビュー。そのまま初年度最終戦で初優勝を挙げます。これは22歳104日という異例の若さでの勝利で、40年以上残り続けた最年少優勝記録となりました。

そんな実力者であるブルースは低迷を始めたクーパーに見切りをつけ自らF1マシン製造を決意、1966年モナコGPから「マクラーレン」チームとしてF1参戦を開始し、現在まで続く名門チームを築きました。

1968年には当時の名エンジン「コスワースDFV」の獲得に成功し、新車「M7A」でチームとしての初優勝を達成します。終盤カナダGPでは僚友デニス・ハルムと1-2フィニッシュを決めるなどシーズン3勝を記録。ランキングはハルムが2勝で上ですが、歴史的初優勝はオーナー自ら掴んだのは運命的ですね。

そんな上昇気流の最中、1970年に並行参戦していたスポーツカーシリーズのテスト中にオーナーのブルースが事故死してしまいます。以降のマクラーレンはマルボロのスポンサードを受けるまで数年苦戦が続きますが、盟友にして同郷のハルムがチームを支え続けました。

マクラーレンにオレンジの印象をもたらしたこの歴史的な一台。よくニュージーランドのナショナルカラーと言われますがそれは黒のようで、このオレンジはあくまで「マクラーレンのコーポレートカラーのようですね。

長らくマシンから消え去っていましたが近年ザク・ブラウン体制になり徐々に復活、今ではマクラーレンといえばオレンジというイメージが再び定着しました。2017年当時は暗黒期からの脱却にルーツを頼ったような印象を持ちましたが、結果的には大正解の転換でしたね。

ブルース・マクラーレンの個人成績だけを見れば通算4勝・ランキング最高2位で「トップドライバーだがチャンピオンにはなれなかった」という印象を受けるかもしれません。

しかし所属チームの衰退をよしとせず自ら先陣を切ってチームを立ち上げたことで優秀なスタッフ・ドライバーが集まり、彼の死後もその意思を継がんとばかりにマクラーレンをチャンピオンチームにまで昇華させました。存命であれば1974年の最初のタイトルはオーナー自身によって達成していたのかもしれませんね。

創設期を支えたチーム最大の功労者デニス・ハルム。彼のキャリアは不遇ながら、王者がチームを支え続けた影響はいつの時代も大きいです。

マクラーレン最初のF1マシン。先に200勝に達したフェラーリは57年を擁し、マクラーレンは59年で達成しました。

なおAIによるレース数カウントが正しければこの間の勝率はフェラーリ25%、マクラーレン20%で跳馬に軍配が上がります。とはいえ、どの時代も平均して2割は勝ってきたのはさすが名門の一言……。

ちなみに

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