荒い船出

【ミニチャンプス ザウバーC29 小林可夢偉 2010】
トヨタのF1撤退で確実だったワークスチームのシートを失った小林可夢偉。しかしわずか2戦の活躍が名伯楽ペーター・ザウバーの目に留まり、BMWを失ってプライベーターに戻ったザウバーからフル参戦を果たしました。

2010年はリーマンショックでいくつものワークスチームが撤退したことで、ドライバーシートの大シャッフルに加え各チームの体制にも如実に差が付いた状態での開幕となりました。
同期のヒュルケンベルグがウイリアムズから手厚いバックアップを受け、ペトロフは豊富な資金でルノーの競争力に貢献するなど恵まれた環境であった一方、可夢偉選手はBMW撤退の混乱を引きずり完走すらままならないザウバーからの開幕を迎えます。そんなチームは開幕6戦で完走わずか1回という、非常に苦しい船出となりました。

その後信頼性が回復すると、第7戦トルコGPでは伝説のハードタイヤで50周近く走り続けて10位入賞を果たし、新生ザウバーに初得点をもたらします。
その後はリバースストラテジーを決めて7位完走を果たしたヨーロッパGP、上位勢のトラブルをものにして6位完走したイギリスGPと入賞レースを増やし、新人ドライバー3人の中では頭一つ抜けた存在となっていきます。本当に力強いルーキーでしたねぇ……。

2010年のトレンドデバイスとなったマクラーレンの「Fダクト」ですが、ザウバーはそのマクラーレンの開発ドライバーを務めたデラロサを雇ったことで2戦目から早々に搭載しました。しかし数キロのトップスピード向上以上に信頼性が壊滅的で、それが改善した頃にはライバルもFダクトを搭載して「最高速で逆に不利になる」という苦しいシーズンとなりました。
そんな状況下で、チームメイトが3度の入賞しかできない一方ルーキーの彼が8度も入賞したことは殊勝な成績だったと思います。

カナダGPでの0周クラッシュなどルーキーらしいミスもあったものの、一向に成績の向上しないヒュルケンベルグや接触が減らないペトロフら同期の中では卓越した存在となっていた可夢偉選手。待遇に恵まれたライバルを実力でねじ伏せていく様は本当にかっこよかったですし、すがすがしさがありました。
これがトヨタなら……と思ったのも束の間、「ザウバーでも小林可夢偉はやってみせるんだ」という期待が膨らんだシーズン前半戦なのでした。
今でこそ高い評価を得ているヒュルケンベルグですが、GP2王者として約束されていた英AutoSportsのベストルーキー賞を小林可夢偉に奪われるなど初年度は完敗でした。
しかし2013年のザウバーのシート争いに勝利したことで息の長いキャリアを築きます。そんなに大口スポンサーを持っている印象はないのですが、それほどの差があったのかなぁ……。
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