フェラーリの圧勝劇
【アシェット フェラーリ500F2 A.アスカリ 1952】
前年までF1を牽引してきたアルファロメオが資金難で撤退し、F1規格での参戦数が集まらないことからF2規格で行われた1952年シーズン。マセラティに移籍してタイトル争いのライバルになるはずだったファンジオはノンタイトルレースでのクラッシュによる欠場が響き、フェラーリがシーズンを支配します。
1952年は全8戦のうち4戦による有効ポイント制で争われましたが、前述の理由でライバル不在の展開となり、フェラーリの独壇場でした。インディ500予選のため欠場した開幕戦とそのインディ500を除き、残る後半の6戦は全てアスカリの6連勝という支配的な成績を収めています。
アスカリはその後1953年シーズンでも参戦した3戦で連勝し、9連勝という記録を打ち立てます。これは2013年にベッテルが達成する際に話題になった記録ですが、70年以上経った2020年現在も最多タイ記録となっています。
F1マシンを作るであろうマセラティとフェラーリのうち一方が撤退してしまった、参戦台数確保のためにF2規格で実施しようとF2マシンでの選手権となった1952年シーズン。この時には既に、F1は技術開発と資金難という二律背反の問題を抱えていたことがわかります。この構図は70年経っても変わりませんね。
アルファロメオの撤退も分家ともいえるフェラーリが勝利を収め、アスカリもイタリア人ということで黎明期のF1はイタリアの覇権であったことが伺えます。アスカリは翌1953年も王座を獲得し選手権を連覇、まさにイタリアが栄華を極めた時期でした。
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