無冠の帝王とは

【スパーク ロータス18-21 S.モス ドイツGP 1961】
「無冠の帝王」として有名なスターリング・モス。しかし50年代のF1史を見ればただ不運で王座を逃し続けてきたわけではないということがわかります。

1929年、第二次大戦前生まれのモス。父親は歯科医が本業のレーサーであり、加えて母親もラリー参戦経験のあるアマチュアレーサーでした。この時代に母親もレーサーであった彼がこの世界に飛び込んだのは自然な成り行きと想像できますね。
そうした家庭の支えで彼は必然的にF1までたどり着き、1951年のスポット参戦でデビューを果たします。しかしそのキャリアは順風満帆とはいきませんでした。

1954年にマセラティのワークスに所属すると、翌55年から最強メルセデスのドライバーに抜擢されました。ただ絶対エース、ファンジオのセカンド待遇で、常に彼が立ちはだかるモスのキャリアがここから始まります。
メルセデス撤退後はファンジオと離れるように、彼がフェラーリならマセラティ、彼がマセラティならヴァンウォールへと、ファンジオと同じチームにならないキャリアを進みます。こうして選択肢が狭まった結果、ファンジオ引退の57年までいずれもランキング2位に留まります。

ファンジオ引退後の1958年はフェラーリのホーソンとの1点差の戦いに敗れますが、これは失格になった相手を弁護してこの処分が取り消されての結果でした。これがなければ圧勝でモスの戴冠だったんですけどね……。
またその58年以降はワークスに所属せずプライベーターで参戦。しかしそれでも毎年ランキング上位を獲得していたので、ワークスからエントリーしていれば戴冠はあったのかもしれません。

プライベーター時代も上位争い連発し、この1961年も優勝するなど力を示していたモス。翌62年の事故を機に引退を発表しますが、本人は後に「早かった」と後悔の弁を述べています。
彼は「世界チャンピオンにならなかった最も偉大なドライバー」という評価をよく受けますが、個人的にも同感です。過去タイトル争いに加わった人は数いれど、負けても挑み続けたのはモスとアロンソしかいないのです。
そんなモスが語る唯一の後悔は「フェラーリで走らなかったこと」。同郷で彼を慕うハミルトンがその道を進んだのもちょっと納得がいくような。
















































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