元祖耐久王

【アシェット フェラーリ312B J.イクス 1970】
2005年にトム・クリステンセンがその記録を破るまでルマン24時間最多勝記録を20年以上保持し続けた耐久王イクス。パリ・ダカラリーも制し名ドライバーとして名高いですが、F1キャリアの絶頂期は跳馬の暗黒期と重なりました。

1967年にクーパーからスポット参戦すると、翌年はフル参戦初年度にフェラーリ移籍を果たしたイクス。この経緯だけを見ても当時の評価の高さが伺えますね。
その跳馬で68年に早速初優勝を挙げるのですが、マシントラブルによるクラッシュで足を骨折しレース欠場の不運もありました。これがきっかけか1年限りでチームを離脱し、69年はブラバムでランキング2位を獲得します。

続く1970年に再びフェラーリにエースドライバーとして戻ると、大差で選手権をリードしながら事故死したリントを追う、過酷なポジションに身を置くことになります。
リントの死後に2勝を挙げてチームに誠意を見せる僅差のランキング2位を獲得しました。過去ポイントリーダーがシーズン終盤に去った例はないので、この結末は結構歴史的な出来事です。そのまま勝たせた方がいいのか、生き残ったものが上回る方がよいのか……。

1966年の3LNAエンジン規定に合わせ開発された前身「312」は4年でわずか3勝に終わったものの、ボクサーエンジンを搭載し「312B」と改められたこのシリーズは74年までの5年で10勝を挙げました。
この「312B」は後にワイドボディ化され、ラウダらと共に3度のタイトルを獲得する名車「312T」シリーズの礎となります。過渡期にして光明が差したマシンですね。

そんな過渡期にチームを任されたイクス。当然成績は出ずチームとの関係は悪化し、5年で7勝を挙げますがタイトルを取れずに跳馬を離脱します。
以降ロータスらプライベーターを渡り歩き1979年まで13年間、114戦を戦い抜いた名ドライバーなのですが、耐久レースでの華々しい結果に対してF1の記録は寂しいものになってしまいました。
跳馬加入時のエースドライバーはかのクリス・エイモン。最強の未勝利ドライバーのセカンドから始まったキャリアにしては十分すぎる成績なのですが、チームがあまりに暗黒期でした。
















































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