2009年チャンピオン J.バトン

World Champion Collection チーム ブラウンGP 2009

シンデレラストーリー

【ミニチャンプス ブラウンGP BGP001 J.バトン ブラジルGP 2009】

ホンダの撤退と共にキャリアの窮地に陥ったバトンでしたが、資産を引き継いだロス・ブラウンのもとブラウンGPとして参戦にこぎつけ連戦連勝の圧勝劇。苦労人バトンがようやく報われるシーズンとなりました。

全17戦で争われた2009年シーズン、オーバーテイク促進のための大規模空力レギュレーション変更とハイブリッドシステム・KERSの導入によって勢力図が激変しました。これまでF1を主導してきたフェラーリ・マクラーレンら4大ワークスチームが低迷し、新規参戦のブラウンGPとまだ優勝経験の無かったレッドブルによる新しいタイトル争いが繰り広げられます。

ホンダが3年近く熟成したマシンにダブルディフューザーを搭載したBGP001は急なメルセデスへのエンジン変更をものともせず、バトンが開幕7戦6勝と前半戦を圧勝します。後半戦は資金難で開発が進まず、驚異的な追い上げを見せるレッドブル・ベッテルに追い詰められましたが、前半の貯金で逃げ切り初めてのタイトルを獲得しました。

開幕戦での優勝は1977年のウルフに次ぐ史上2例目のデビューチームのデビュー戦優勝となりました。とはいえBGP001は規約変更前からホンダによって開発が進められてきたマシンで、完全な新チームとは言い難く開幕戦の時点で他チームとの性能差が如実にありました。ただ開幕前にこのチームの有望性に気づいたスポンサーはヴァージングループのみで、序盤はそのわずかなロゴのみを掲載して出走。純白なマシンにレースごとにスポンサーが小口に増えていき、タイトル決定のブラジルGPではここまで鮮やかになりました。

初優勝の06年から一転、07、08年を下位争いで過ごしたバトン。それでもロス・ブラウン主導による2009年変革への期待をモチベーションに辛抱強く参戦を続けましたが、08年オフに突如ホンダが撤退を表明します。空港でこの知らせを知らせを受け取ったバトンは「すべての終わりだ」と感じたと語りますが、ブラウンが舵を切りメルセデスエンジンを獲得、辛うじて参戦にこぎつけると念願叶って初めてのチャンピオンを獲得しました。

00年にデビューしてからはマシンに恵まれないことが多く、タクシードライバーとまで批判されることもあったバトンですがこのタイトルからキャリアは一転。翌年から同郷マクラーレンに移籍してハミルトンをも凌ぐ活躍を見せると、マシンの性能差に依存したタイトルではないことを強く示し英国の偉大な実力者として記録されることになります。

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