ウイリアムズ FW33 R.バリチェロ

ウイリアムズ2011

名ばかりのエース

【ミニチャンプス ウイリアムズFW33  R.バリチェロ 2011】

バリチェロの引退マシンとなったこの「FW33」。当時のチーム史上ワーストという悲惨な成績だったのでリリース時は買うつもりはなかったのですが、安かったので購入しました。

2011年シーズンは最高位9位が2回、チーム通算5ポイントの悲劇的な成績で、その将来が心配されたウイリアムズ。後に創業家のチーム売却まで続く最下位低迷への道のりはこの年から始まっていたのでしょう。

ウイリアムズはこの年株式公開をしましたが、株価は半年で40%も下落したといいます。

そんな状況下でエースを任されたバリチェロ。レース戦略や新型パーツの優先権が与えられるかと思いきや、実際はこの年デビューした新たなチームの財源マルドナードのためのマシン開発に注力させられます。

フリー走行からレースに向けたセッティングに時間を割くのではなく、開発ドライバーのように淡々とパーツテストに取り組む彼の姿は見ていて不憫でしたね……。

この年からカラーリングを往年の「ロスマンズカラー」デザインにしましたが、ライバルのロータス同様に資金集め目的が露骨で微妙な評判でした。

設計面ではアグレッシブに極小ギアボックスを開発しディフューザーへの気流を増やそうと試みましたが、大型コスワースエンジンのせいで利を活かせず。さらにKERSは独自規格で開発するも結局採用には至らずと、全てが機能しない散々な1年を過ごします。

「まだ続けるから」と引退セレモニーはしなかったバリチェロですが、結果的にこれがF1最後の年になってしまいました。翌年向けのテストばかりさせられて「僕はレースドライバーだ」と怒っていたコメントが忘れられません。

後にケータハムから一時復帰して引退を飾る噂もありましたが、結局これも実現しなかったバリチェロ。当時後輩のマッサが進言していたように、この時引退を明言しておけば尊厳あるリタイアができたかもしれないですね……。

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