1994年チャンピオン M.シューマッハ

World Champion Collectionチームベネトン1994

暗黒の年

【ミニチャンプス ベネトンB194 M.シューマッハ 1994】

プロストが引退し、最後の四天王となったセナとシューマッハによる世代交代を掛けた戦いになるかと思われた1994年シーズン。しかしその決着は事故による悲しいものでした。

全16戦で争われた1994年シーズン。ウイリアムズを狙い撃ちしたかのようなハイテク装置の禁止によって、これに依存しないベネトンが躍進、シューマッハが開幕7戦で5勝を挙げます。独走態勢でドライバーズタイトルに勢いづくシューマッハでしたが、イギリスGPでのフォーメーションラップ中の追い越しにより2戦出場停止やベルギーGPでの優勝後の失格などで失速。この間ウイリアムズを引き継いだヒルが3連勝を挙げ、1点差で最終戦を迎えました。

決着はシューマッハとヒルの接触による両者リタイアによって、点差の変わらないままシューマッハの初タイトルが決定します。一方のコンストラクターズでは、ウイリアムズがセナをサンマリノGPで失って以降ヒルを中心に巻き返しを図り、セカンドのクルサードや復帰したマンセルの活躍もあってタイトルを死守しました。

適応猶予期間を与えない急なハイテク禁止と給油の再導入によって混乱の渦に陥った1994年シーズン。悪夢の週末と呼ばれたサンマリノGPではラッツェンバーガーとセナが事故死し、その後のテストやレースでも度重なるアクシデントでけが人が続出。参戦14チーム中わずか4チームのみがドライバー変更なくシーズンを戦い抜いたのみで、他のチームは様々なアクシデントでドライバー交代を余儀なくされていきました。

そんな混乱期を制したB194は禁止されたトラクションコントロールの搭載や、給油速度を向上させる給油装置の違反改造を行っていた疑惑の残る謎多き一台です。その決着の方法からみても、ダーティーなイメージは拭えませんね。

1991年に彗星のごとくデビューし、ベネトンに移籍後は2年連続優勝を挙げて時期王者としての存在感を強く示していたシューマッハが初めてのタイトルを獲得した1994年。当時セナを倒して世代交代をすることが至上命題だった彼にとって、目の前でクラッシュしたセナは一瞬好機に映ったのかもしれませんが、この悲しい世代交代はキャリア終盤の彼に十字架のようにのしかかることとなります。

バッドボーイズとも称された悪童集団ベネトンチームを駆っての初タイトル、この勢いそのままに給油戦略時代の皇帝として連戦連勝街道を歩んでいきます。

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