スチュワート SF-3 R.バリチェロ

オリジナルモデルスチュワート1999

そういう運命

【マテル スチュワートSF-3 R.バリチェロ 1999】

フォードの手厚い支援でF1参戦を果たしたスチュワート・グランプリ。参戦3年目でついに初優勝を果たしましたが、それは立ち上げから牽引してきたバリチェロではなく……。

現役時代の縁でフォードの支援を受けF1参戦を決定したスチュワート卿。立ち上げ初年度エースに迎えたバリチェロは15度のリタイアにもめげずモナコGPで2位、チーム初表彰台を記録しました。

私はこの年代をリアルタイムで見ていたわけではなく記録を追って調べるのみですが、それでもこの悲劇的な生みの苦しみに耐えたバリチェロには報われてほしかったと思います……。

2年目も2度の入賞でチームを引っ張り迎えた3年目、チームは飛躍の年を迎えバリチェロは3回の3位表彰台を獲得します。しかし、荒れたヨーロッパGPでチームに初優勝をもたらしたのはこの年加入したハーバートでした。

バリチェロは結果的にこの年の結果でフェラーリ入りを果たし、翌年跳馬で初優勝を記録するのですが、それでもスチュワート・グランプリの初優勝は彼の名で歴史に残ってほしかったなぁ。

3度の王座全てがフォード・コスワースDFVエンジンだった縁でF1チーム設立の支援を受けたスチュワート。白地に彼のアイコン、タータンチェック柄がおしゃれでお気に入りのチームです。

この年の好成績で支援するフォード本体からの買収を取り付けスタートアップベンチャーのような最後を迎えたチームですが、その後ジャガー時代を経てレッドブルに買収されます。このチームは伝統的におしゃれなチームなのです。

当時まだ優勝のない若手バリチェロとベネトンでシューマッハのセカンドを経験した優勝経験者ハーバートでは経験の差が大きかったか、大荒れのヨーロッパGPはハーバートが制しました。

後年のフェラーリ、ホンダ・ブラウンGP、ウイリアムズでの後の待遇を示唆したかのようなこの1年。そんなチームのルーツからして、ここは苦労した人が報われるわけではないのでしょう……。

ここから12年間、最後のウイリアムズ時代に至るまで開発を担うもエースにはなれなかったバリチェロ。これで時に要所を抑えて勝ってくれるんだから、チームは手放せないですよねぇ。

@note:今月の追記