ルノー R28 F.アロンソ

アルピーヌ・ルノー2008

いろいろある「たられば」

【ミニチャンプス ルノーR28 F.アロンソ 2008】

最高級待遇で迎え入れられたマクラーレンをわずか1年で追放される憂き目にあい、翌2008年は古巣ルノーに出戻ったアロンソ。苦戦するチームでしたが、2勝をもぎ取ります。

2008年の所属チームはいくつかの選択肢がありましたが、傷心したアロンソ様は自分を見出したブリアトーレが代表を続けるルノーへの出戻りを決意。

2連覇時代と異なりブリヂストンタイヤに苦しむチームは中団勢まで転落していましたが、ミスを繰り返すチームメイト・ピケJrを尻目に着々とポイントを積みかさねて絶対エースとして君臨します。

チャンスが生まれたのは後半戦で、そのピケJrがドイツGPでSCの妙で幸運にも2位を獲得した辺りからマシンの速さが向上します。

終盤では後に「クラッシュゲート」と呼ばれる意図的な事故でSCを出動させた事件が発覚したシンガポールGPと、タイトルを争うハミルトン・マッサの稚拙なバトルを潜り抜けた日本GPで2連勝を挙げました。更に最終戦ブラジルGPでは前年同様に2位表彰台を確保し、アロンソはその実力が全く衰えていないことを証明する1年となります。

シーズン前半から他チームに先んじてシャークフィンを搭載し、この年のトレンドの一角となったこの「R28」。2008年のマシンは当時の空力戦争最終年ということもあってゴテゴテ感が大好きなのですが、特にBMWザウバーとこのルノーはそれぞれシャークフィン有・無の代表的なマシンとしてとっても好みのルックスでした。

そんなお気に入りマシンなのですがモデル化には残念な点が多く、版権の都合で1/18はドライバーレス品がノレブのみからリリース、1/43はミニチャンプスからリリースされたもののドライバー名を記載できず「No.5」というカーナンバー表記になってしまいました。

上述のクラッシュゲートはもう16年も前の出来事なので、当時を知らない方は「低迷していたルノーでなんとかアロンソを勝たせるために引き起こしたんでしょ」なんて誤解されている方もいるかもしれません。

ただこのシンガポールGPでルノーは絶好調で、フリー走行からトップタイム連発して確実に優勝候補だったんですよ。残念ながらQ2のトラブルでノータイムとなったことがこの事件の契機となりましたが、普通に予選を終えていればこんな事件はなかったかもしれませんね。

またたらればといえば、この当時アロンソは後に王者になるまだ中堅・下位チームだったホンダとレッドブルからもオファーがあったことが明らかになっていて、F1で先を読む難しさを痛感させられます……。

アロンソが獲っていたかもしれないタイトルその①。2007年のホンダの低迷を見て、「ロス・ブラウンが来るから2009年からはタイトルの大本命!」と説得されても信じられないですね。

アロンソが獲っていたかもしれないタイトルその②。「あのニューウェイがマシンを設計するよ!」と言われて興味が湧いても、彼が結果を残したウイリアムズ・マクラーレン程のリソースをレッドブルには期待できないよねぇ……。

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