乗り越えた悲劇

【ミニチャンプス ウイリアムズFW16 D.ヒル 1994】
アイルトン・セナを開幕3戦目で失うという衝撃の中、フル参戦2年目のヒルが急遽チームのエースに昇格。相次ぐシューマッハの失格に乗じて点差を縮め、初のタイトル争いに挑みます。

セナですら手を焼いた「FW16」に苦戦し出遅れたウイリアムズ。第5戦スペインGPでヒルが勝利を挙げるも既にシューマッハは4勝を挙げ、タイトル争いは一方的なものになりつつありました。
前半戦をヒルがなんとか2勝2位3回という好成績で粘る間に、シューマッハが失格2回に2戦出走停止とペナルティを連発。この間に改良型「FW16B」を投入し、得点差を縮めていきます。

シューマッハ8勝に対して6勝で諦めなかったヒルは最終戦を迎えた時点でわずか1ポイント差まで迫り、逆転の可能性を大いに残してオーストラリアGPに挑みました。
コース上での両者の直接対決となったこのレースでは悪名高いシューマッハの幅寄せによる接触で共にリタイアとなり、得点差が変わらないまま1点差で初の王座争いに敗れてしまいます。

90年代旺盛を極めたハイテクデバイスが一斉に禁止となり、混乱を生んだ1994年シーズン。この「FW16」も被害者となり、セナがスピンを連発するほど乗りにくい一台となってしまいました。
彼の死後、3年目のヒルと新人クルサードという若いコンビに名門のかじ取りが委ねられましたがこれが奇跡的に成功。後を思うと、このタイミングで本当にいいドライバーに恵まれましたね。

エースを失う最悪の形でシーズンが始まりながらも、ヒルが意地を見せコンストラクターズタイトルを獲得しチームの名誉を守ったこの年。ドライバーズタイトルは獲得できなかったものの、初のタイトル争いとしては満点に近い活躍だったと思います。
相手がペナルティで無得点が続いたとはいえ、若手がこの混乱期にしっかり戦い抜いて地位を守ったチームの歴史に残る功労者だと思うのですが、後年あっさりクビになるのは本当に謎です……。
16戦8勝という快挙の一方で失格2回、出走停止2回、最終戦も故意と見なされる接触リタイアなど、やりたい放題だったこの年のシューマッハ。これだけの無得点王座は歴史上いないですね。













































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