静かな引退

【ミニチャンプス マクラーレンMP4-16 M.ハッキネン 2001】
前年痛恨のエンジントラブルで王座を失ったハッキネン。シューマッハへのリベンジに挑んだ2001年ですが、3年連続の開幕戦リタイアで出鼻をくじかれモチベーションを失っていきます。

前年惜しくも2位に終わったハッキネン、この年はサスペンション破損で開幕戦をリタイアすると前半戦は完走率わずか50%、3位表彰台1回がベストという信じられない低迷に陥ります。
1周も周回できないレースや首位独走中のファイナルラップにスローダウンを期すなど、トラブルの種類は枚挙にいとまがなく、これといった対応策もないまま時間だけが過ぎていきました。

第11戦イギリスGPで念願のシーズン初優勝を挙げますが、タイトル争いに絡むどころかチームメイトのクルサードにダブルスコアを付けられる敗戦で、モチベーションを完全に失ったハッキネン。
第15戦イタリアGPで休養を宣言することとなり、その後のアメリカGPで挙げた通算20勝目がキャリア最後の優勝となりました。前年王座争いした男が2勝3位1回でランキング5位という、信じられない敗戦記録が残ります。

ハッキネンのキャリアの大きなアキレス腱となったマシントラブルを克服できなかった「MP4-16」。開発責任者のニューウェイに移籍の噂が持ち上がるなど、体制の混乱も伺えます。
フェラーリにパッケージで負けただけでなく、参戦2年目のウイリアムズBMW勢にも遅れをとり始めるなど、後のライコネン時代まで続く不振の契機となった年代ですね。

今シーズン中は代表デニスの説得もあり休養宣言に留まったものの、翌年正式に引退を発表したハッキネン。後年復帰の可能性があったもののDTM参戦を選択し、2006年のテストドライブを最後に完全にF1活動を終了します。
まともに完走することすらままならない状況下での2勝は殊勝なものですが、「シューマッハ最大のライバル」として名勝負を繰り広げた時代の担い手の最後にしてはあまりに悲しい一年ですね。
引退で空いたシートを継いだのは同郷の若手ライコネン。しかしこのトラブル癖までも引き継いでしまい、彼のチャンピオンを遠ざける結果となります。うーん、悲しい……。













































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