代役エース

【マテル フェラーリF399 E.アーバイン 1999】
シューマッハの負傷離脱という不測の事態を受け、アーバインが急遽エースに昇格したこの年。2年間セカンドドライバーとしてチームを支えた男が、初のタイトル争いに挑みます。

フェラーリ3年目、変わらずシューマッハのサポート役だったアーバインですが、そのエースがイギリスGPのクラッシュで負傷すると6戦を欠場。王座争いは急遽彼に委ねられることになります。
代役のミカ・サロの援護もありシーズン4勝を記録すると、ハッキネン相手に4ポイントリードした状態で最終戦日本GPを迎え、跳馬に20年振りのタイトルをもたらす寸前まで迫りました。

その最終戦鈴鹿では肝心の予選でクラッシュし5番手と出遅れ、レースではハッキネンに届かず3位に終わり惜しくも2ポイント差で王座を逃す結果に終わってしまいます。
この予選はシューマッハとハッキネンが非常にハイレベルなタイムアタックを繰り広げただけに、クラッシュしたアーバインはチャンピオンとの差が明確になってしまったようで残酷でした。

シューマッハの事故を受け、アーバインのタイトル争い中にも関わらず開発が中止された「F399」。それでもポイントを積み重ね16年振りのコンストラクターズタイトルを獲得しました。
開発を止めても王座に輝き、このマシンの進化系統が後のシューマッハの王朝を築くのですから非情に素性の良いマシンだったのでしょうね。事故がなく開発が続いていれば結果は異なったかも。

代役エースとしての意地を見せながらも、最後は一歩届かなかったアーバイン。鈴鹿予選でのクラッシュはやはりチャンピオンへの重圧も影響していたのでしょうか。
それでも後任のバリチェロにはこのようなチャンスが一切なかったことを思うと、シューマッハ体制下でそこまでたどり着いたことが偉業なのかもしれませんね。
アーバインは翌年からエース待遇でジャガーに移籍しますが、チームの混乱で成績が残せず低迷。しかしその状況下でも2度の3位表彰台を獲得し、実力を示して引退しています。












































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