ウルフ WR1 J.シェクター アルゼンチンGP

ウルフ1977

伝説のデビューウィン

【スパーク ウルフWR1 J.シェクター アルゼンチンGP 1977】

ティレルからデビューしフル参戦3年で4勝と二度のランキング3位を記録、後のチャンピオンと評価の高まったシェクター。4年目の移籍先に選んだのは、まさかの新興チームでした。

1976年にウイリアムズのスポンサーとしてF1に関与したカナダの石油王ウォルター・ウルフ。この77年にはウイリアムズと袂を分かつと新規チームを設立し、自身の名を関した「ウォルター・ウルフ・レーシング」としてF1参戦しました。

実力者のシェクターを迎え入れると、開幕戦アルゼンチンGPでいきなり初優勝。F1開幕戦を除き、史上初めてデビューチームがデビュー戦で勝利を挙げた奇跡的な一戦となります。

シェクターはその後モナコ・カナダGPでも勝利を挙げてシーズン3勝を記録。最終戦日本GP以外では完走レースですべて表彰台圏内と、抜群の安定感を見せてランキング2位を獲得しました。

この年は大事故から復活したラウダが圧勝でチャンピオンを獲得しますが、勝利数は同じく3勝だっただけに、信頼性があれば初年度チャンピオンも夢ではなかったかもしれません。

ヘスケスで初優勝を挙げた「308」を設計したデザイナー、ハーベイ・ポスルスウェイトにより生み出された「WR01」。チームは初年度に3勝を挙げますが、以後は表彰台がやっとの成績に落ち着きます。

3年目になると最高位8位で完走2回という致命的な成績不振に陥り、オーナーの関心低下と共にチームはわずか3年でその生涯を終えました。

この年のランキング2位が目に留まり、1979年にフェラーリへの移籍を果たしてチャンピオンを獲得することになるシェクター。結果的に新興チームへの移籍というギャンブルは大当たりとなりました。

フォード・コスワースDFVエンジンさえ獲得し、優秀なデザイナーとドライバーを雇えばF1で戦えるという1970年代を象徴する一台ですね。

史上二例目のデビューチームのデビューウィンは2009年のブラウンGP。ただこれはホンダのリソースが丸々残っていましたから、純粋にゼロから立ち上げたこのウルフとは比較できないですね。