ウイリアムズ FW11 N.マンセル

ウイリアムズ1986

悪夢のバースト

【スパーク ウイリアムズFW11 N.マンセル ベルギーGP 1986】

ホンダがウイリアムズにエンジン供給を始めて3年目の1986年。「最強エンジン」の名を欲しいままにコンストラクターズを奪取しますが、ドライバーズタイトルは不運な結果に終わりました。

前年チームに加入し初優勝を挙げ、シーズン中盤ベルギーGPから5戦4勝を挙げてシーズンをリードしたマンセル。終盤のポルトガルGPでも値千金の5勝目を挙げ、初タイトルをほぼ手中にします。

ウイリアムズにはエースのピケがいましたが、同郷のイギリス人という有利もありチームは完全に二分され、タイトル争いはピケvsマンセルの内紛にプロストが加わる三つ巴となりました。

最終戦オーストラリアGPでは3位以上で初のドライバーズタイトルが決まる有利な状態で迎えたマンセルですが、その3位走行中に残り19周で悪夢の左リアタイヤがバーストします。

これでリタイアとなったマンセルに対し、優勝を収めたプロストが大逆転で選手権2連覇を達成。マンセルはここから1992年まで5年間もドライバーズタイトルに見放される不運なキャリアを歩むことになります。

ホンダとのタッグが3年目となり、最強と称されたマクラーレン・TAGポルシェをも凌ぐパッケージとなった「FW11」。

2位マクラーレンに約1.5倍もの得点差をつけた圧勝でコンストラクターズタイトルを獲得しましたが、チームの内紛によってドライバーズタイトルを失う結果となってしまいました。

最終戦の結果で圧倒したピケにも1点差に迫られますが、何とかドライバーズ2位は守ったマンセル。しかしこれだけの内紛が起こりながら翌年もラインナップは継続し、1987年はピケに逆襲を許すことになってしまいます。

F1では過去1964年、この1986年、そして2007年と2010年に3名以上のドライバーに戴冠の可能性を残して最終戦を迎えましたが、いずれもポイントリーダーはラストレースでタイトルを逃す結果となっています。

歴史上このジンクスを破ったのは2025年のノリスだけなので、去年は結構歴史的な出来事でした。

デジャブのように2007年最終戦で失速したハミルトン。しかし、これだけジンクスが味方してもなお最強フェルスタッペンが25年に逆転できなかったのは結構不思議。