カーボンモノコック登場

【スパーク マクラーレンMP4-1 J.ワトソン イギリスGP 1981】
今日のモータースポーツの常識となったカーボン製のレーシングカーですが、F1に登場したのはこの1981年のマクラーレンが最初の一台でした。歴史を変えた一台です。

1976年のハントのタイトルと翌年の勝利を最後に、この年まで未勝利が続く低迷に陥っていたマクラーレン。チームは創業体制から、ロン・デニス率いるF2チーム「プロジェクト4」との合併体制に移行します。
2016年まで続く35年ものデニス体制の最初の一台は、革新的なカーボンモノコックで制作された「MP4-1」となりました。

シーズン4戦目から投入されたこの「MP4-1」は第7戦スペインGPで初表彰台を獲得し、その後ワトソンの母国第9戦イギリスGPでカーボン製マシンとして初優勝を記録しました。
ワトソンの速さ、そしてチームメイトのチェザリスが頻発するクラッシュによって安全性が証明され、80年代以降のモータースポーツはアルミ製モノコックからカーボンへの急速な転換を迎えていきます。

半世紀近くも前のマシンですが、このイギリスGP仕様では既にマルボロロゴがティザーバーコードに切り替わっていたようです。
最近は公式メディアが過去の画像も改変してしまうので事実を掴みにくいのですが、F1は70年代まではタバコ広告全盛だったものの80年代には既にこうした規制が随所に見られ、日本でF1が定着する頃には既に完全自由なタバコ広告時代ではなかったのだと察せられます。
トップチームの強烈な印象が強く残り規制は2000年代以降強まったように感じますが、既にこの年代からリスキーなスポンサーだったのですねぇ。

歴史の転換点となった1981年のイギリスGP。F1では1986年には既に全チームがカーボン製モノコックとなっていたとされ、わずか5年で標準装備に広まったとされます。
マクラーレンはプロジェクト4体制始動以降、常勝軍団へと進化し、改良を続けた「MP4-1」シリーズで1983年まで連続優勝を記録。1984年からはラウダ、プロストと共に後続「MP4-2」でF1を席捲していくことになります。昔から先行者利益の強いスポーツですね。
モノコックの概念を生み出したのは1962年のロータスで、20年後にカーボン製となり、さらに20年後には空力パーツが大幅強化されます。
そこから20年後の2020年代には「アクティブエアロ」が登場し、レーシングカーは20年単位で刷新されていくような気がしますね。












































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