世代交代を担った結末

【ミニチャンプス ティレル006 F.セベール 1973】
1970年にティレルに加入し、4年間のキャリアを全てスチュワートに師事したセベール。チームと共に初勝利を挙げ、表彰台を連発しタイトル争いをアシストする彼への世代交代は決定的でした。

1971年に2年目にして自身初、そして唯一となる初優勝を達成したセベール。翌72年はロータス勢に敗れますが、73年はエースのスチュワートにポイントを集中させるべく2位を連発します。
自身はランキング4位に転落したものの、スチュワートはタイトルを獲得に成功。彼はこの戴冠をもってレース引退を決意し、最終戦を最後にチームをセベールに譲る決意をしたとされています。

1973年の最終戦となったアメリカGP。予選の最終ラップでポールを狙ったセベールでしたが、不運なクラッシュでマシンが大破し事故死します。ガードレールとの接触で、ヘルメット以下の体が確認できなかったとも言われる凄惨な事故でした。
この事故を受けティレルは出走を中止、スチュワートは王座を掴むもコンストを逃し、何より愛弟子を後継者とする計画が最後に失われた中での失意の引退となりました。

長身で容姿端麗のプレイボーイとあって、女性人気も非常に高かったセベール。実力派ありながらも非業の死を遂げたフランス人とあって、近年もベルニュやガスリーが彼のトリビュートヘルメットを着用してレースに挑むこともありました。

世代交代は約束され、常勝ティレルのエースとして迎え入れられるはずだったセベール。
以後のティレルの凋落ぶりを見ると、彼がこのチームでタイトルを取れたかはわかりません。それでもF1参戦わずか4年でこれだけの存在感を放ったドライバーがいたことはもっと知られてほしいし、忘れ去られないで欲しいです。
個人的に1973年のF1は歴史上、最も悲しいドラマの一つだと思います。
安全に尽力したドライバーの最後が、愛弟子を失い引退という悲しい終わりになったこのタッグ。ライバルのロータスは2台で戦い得点が分れ、エース集中を徹底したティレルが勝ったのに、こんな結末はあまりに悲しい……。












































関連記事