ウイリアムズ FW11 N.ピケ

ウイリアムズ1986

反故にされた約束

【スパーク ウイリアムズFW11 N.ピケ ブラジルGP 1986】

チャンピオンとしてウイリアムズにエース待遇で迎え入れられたピケ。初勝利を挙げタイトル機運高まるウイリアムズ・ホンダに王者が加わり機は熟したかと思われましたが、思わぬ展開が待ち受けます。

開幕戦ブラジルGPで勝利を挙げ、幸先のよいスタートを切った1986年のピケ。しかし2勝目が第10戦ドイツGPまで時間を要した間に僚友マンセルが4勝を挙げ、チームの支持は彼に向きます。

エース待遇で迎え入れられたピケはこの状況に当然激怒し、ウイリアムズはチームを二分してシーズン後半を戦う羽目になりました。

後半戦に3勝を挙げてタイトル戦線に復帰したピケですが、オーナーのフランク・ウイリアムズは同郷イギリス人のマンセルへの支持を強め、ピケにリソースが集中するには至りませんでした。

しかしこの時ピケは翌年から投入されるアクティブサスペンションのテストに熱心に関与していたとされ、この状況でも今後に向けた準備を粛々と進めていた様子が伺えます。

ホンダエンジンに初のコンストラクターズタイトルをもたらした「FW11」。記念してマシンがホンダに譲渡されたことで、日本でも展示やデモ走行を見る機会が多くありますね。

チームは1986年理論上のコンスト最高得点の6割近くを獲得し、圧勝で選手権を支配しました。

最終戦で2位になりますが、マンセルがリタイアしてもなお1点差で敗れ選手権3位に沈んだピケ。

既にチームはエースの自分ではなくマンセルに注力していたことは明らかだったのですが、テストを進めたアクティブサスが翌年導入されることを見越してか残留を決意。その目論見通りに、翌1987年に3度目のチャンピオンを獲得する、したたかな動きを見せました。

エース待遇で迎え入れられながらその約束を反故にされる、こちらもデジャブ感満載の2007年のアロンソ。これだけ歴史が証明しているのに、なぜ繰り返されるのでしょうか……。